近藤喜文展

この男がジブリを支えた。

近藤喜文展

近藤喜文は、新潟県五泉市に生まれ育った日本屈指のアニメーター。高畑勲・宮崎駿両監督から厚く信頼を寄せられていた。唯一の長編監督作品『耳をすませば』(1995)で大成功を収めるが、その後しばらくして急逝した。本展では、近藤喜文が描いたキャラクター・デザインやアニメーション原画、イメージボード、スケッチなど多数展示します。清潔な人柄と温かな眼差しから生まれた近藤喜文の世界をお楽しみください。

「僕が出会った何百人ものアニメーターの中でも、屈指といっていい感じの仕事をする、腕の良いアニメーターでした」宮崎 駿
「感じの出る絵、感じを出す動き、それを描き出せる人、それがぼくにとっての近ちゃんでした。」高畑 勲
(近藤喜文氏の告別式での弔辞より抜粋)

展覧会概要

感じの出る絵、感じを出す動き、それを描き出せる人、それがぼくにとっての近ちゃんでした。

高畑 勲

僕が出会った何百人ものアニメーターの中でも、屈指といっていい感じのいい仕事をする、腕の良いアニメーターでした。

宮崎 駿

※両監督共に、近藤喜文氏の告別式での弔辞より一部抜粋

映画「耳をすませば」の監督としても広く知られる近藤喜文氏。高畑・宮崎両監督からも絶大な信頼を寄せられていたアニメーター。温厚で感受性豊かな性格は、その作品にも溢れ出ている。愛称は近ちゃん(こんちゃん)、こんどうきぶんとも呼ばれ、皆に愛されていた。1998年1月に47歳の若さで急逝した。

監督を務めた映画「耳をすませば」(1995)

会場にはもちろん「耳をすませば」の資料も展示

キャラクター・デザインや原画、イメージボード、スケッチなどを多数お楽しみいただけます

原画をパラパラできる体験コーナーやムーンと一緒に写真が撮れる撮影コーナーもあります

近藤喜文(こんどう よしふみ 1950-98)

1950年、新潟県五泉市生まれ。
68年、新潟県立村松高校卒業後、Aプロダクションに入社。アニメーターとして「巨人の星」「ルパン三世」「ど根性ガエル」「パンダコパンダ」などで活躍。
「未来少年コナン」を経て、78年、日本アニメーションに入社。79年放映の「赤毛のアン」(演出:高畑勲)でキャラクターデザイン、作画監督に抜擢される。
80年、テレコム・アニメーション・フィルムに入社。「名探偵ホームズ」の後、日米合作映画「リトル・ニモ」の共同監督の一人として準備を進めたが、降板。
87年、スタジオジブリに入社し「火垂るの墓」のキャラクターデザイン、作画監督を務める。高畑勲、宮崎駿の信頼も厚く、以後も「魔女の宅急便」「おもひでぽろぽろ」「紅の豚」「平成狸合戦ぽんぽこ」などで活躍。95年公開の「耳をすませば」で、初めて劇場用長編の監督を務めた。
98年、解離性大動脈瘤により、47歳の若さで永眠。
メリハリのあるアクションから細やかな生活芝居まで手がける高い技術と、仕事に妥協を許さない姿勢は、多くのアニメーターに影響を与えた。

撮影:南正時

主な関連作品

「未来少年コナン」1978年/「赤毛のアン」1979年/「名探偵ホームズ」1982年/「リトル・ニモ」(パイロットフィルム)1984年/「火垂るの墓」1988年/「魔女の宅急便」1989年/「おもひでぽろぽろ」1991年/「紅の豚」1992年/「耳をすませば」1995年/「もののけ姫」1997年

巡回情報

2017.06.03(土)- 2017.08.31(木)
2016.10.07(金)- 2016.12.04(日)
2016.05.28(土)- 2016.08.28(日)
2016.04.27(水)- 2016.05.09(月)
2015.10.10(土)- 2016.04.10(日)
2014.07.04(金)- 2014.08.31(日)