2000年7月

7月1日(土)
 本年度の新人もいよいよ本日から動画の実作業に入る。今回は某社に特にお願いしてTV作品の仕事をいただき、それをこなしていくことにした。ジブリにはない週単位のタイトなスケジュールや、他社の動検様の厳しい目にさらされることになる。しかしそれは必要なことなのだ。早速あがった1枚目の動画を線の濃さをチェックするためトレスマシンにかける。新人はまだマシンがけをしたことがなく、自分の絵がセルに転写したことに感動しているようだった。

 それとは別に行った新人の研修課題を見る。それぞれに工夫を凝らしているのだが、アニメーションの基本中の基本である「走り」があまりできていない。心を鬼にして鍛えねば、と改めて思う。


7月3日(月)
 「千と千尋の神隠し」がようやく本格的に動画に入る。朝11時から動画スタッフをバーに集め、宮崎監督の説明会が開かれた。美術館作品の遅れに押されたため、動画インが鈍っていた状況にハッパをかける意味もある。時間も人手も余裕のない中、新人の作画インについて制作と監督の間で意見が対立。新人参加は様子を見てからという意見は、全体の遅れに焦る監督の前に玉砕した。来週から新人も「千と千尋」に入ることになる。

 「千と千尋」Cパート冒頭の雨を、作画でなくデジタルで処理することに決定。


7月4日(火)
 新人研修の一環として、大塚康生氏による講義が開始される。ビシビシ鍛えて下さることを期待しつつ、制作では大塚氏のホームページを本人の解説付きで楽しませてもらう。軍用車両と模型についてのコーナーがすばらしくマニアックで、応対していた佐々木さんはただただ目を白黒させてうなずくばかり。

 「自分がやったカットで、ちょっと違うなあとか、自分だったらこうすると思ったら、メモに残しなさい」「反抗精神を持つことが財産になる」「面白く動いて見せる映画こそが残る」7時からの大塚氏の講義では、アニメーターの心得とも言うべきポイントが具体的にたっぷりと、しかも楽しく語られた。「ホルス」の演技設計のため、大塚氏と宮崎監督がそれぞれ投げ縄を投げるようなポーズを撮った一連の写真が参考に披露され、演技設計の大切さを知るとともに、宮崎監督の頭の巨大さが改めて注目された。


7月5日(水)
 「スタジオジブリ・ダイエット競争」がついに最終日。やはり、やせた参加者は一人もいなかった。体重測定に納得がいかないムゼオの石光さんは、「体重計が間違っている」と言い張り、1.5リットルのペットボトル飲料の重さを計ってみたり、体重計の周りをぐるぐる見回したり。終いには「明日自分の体重計持ってきます」とあきらめない。節食の努力などほとんど見られず、参加者同士で甘いものの差し入れが飛び交うなど、単なる足の引っ張り合いと化していたこの競争。周囲の誰もが予想していた結果なのだが。どうやら、宮崎監督の言う「死ぬまでダイエット」に突入するようだ。

 原画の○○○○さん来社。美術館作品でもお世話になったのに続いて「千と千尋」にも参加してもらうべく話をする。結果は好感触。

 「千と千尋」の絵コンテcパートカット636から740までが上がる。この部分だけで8分38秒12コマ。今はともかくひたすらcパートの終わりを待つのみだ。


7月6日(木)
 今日からこのHPと、10日発売の「アニメージュ」に、来期の研修生募集広告が載る。先日も書いたように、前回の制作スタッフ募集は中途採用だったが、今年は新入社員として募集を行うため、かなりの応募が来ると予想される・・・いや、意外と来ないかもしれないなあ。などと期待と不安が入り混じる。とにかく制作は大変な仕事なので、何でも嫌がらずやってくれる、人には繊細かつ自分には大雑把な人が来て欲しい。贅沢?

 「千と千尋の神隠し」の絵コンテは、Cパート中盤アップまでこぎつけた。雨や湯気、ドロドロに臭気ガス、さらにはモブシーンといった、処理が大変なシーンが満載。制作陣が不安に思ったのはもちろんで、作監・安藤氏も「大変過ぎて冷静にコンテが読めなかった」とのこと。


7月7日(金)
 午前中姿が見当たらなかった制作・神村氏はなんとダウンしていて午後出社。昨日「妖怪大戦争」の話で大いに盛り上がった時の元気な姿は何だったのか。

 大塚塾第2回目が行われる。講義の教材として10年以上昔のテレコム研修生の作品を上映。その中の見覚えある名前が・・・。「本人には内緒ね」と大塚氏は言ったものの、案の定本人にばれてしまい「まさかもう見せることはないと思っていたのに! それにしても大塚さんは物持ちがよすぎる!」と怒り出す。しかし当の大塚氏はすでに帰ってしまった後。怒りのオーラを感じた宮崎監督は「俺なんか前回、若かりしころの写真を教材に使われて・・・」となだめていた。

 「明日は電車等の状況を見て、各自の判断で出社して下さい。がんばって出社してもほめませんし、休むことを止めもしません」という非常ならぬ非情な社内放送が全館に流される。原稿を書いたのは、台風前のわくわく感を押さえきれなかった宮崎監督。笑いながら総務・石迫氏に朗読の指示を出していた。


7月8日(土)
 今日は朝から暴風雨で・・・と思っていたら早々と台風が過ぎ去り、出社時間には完全に雨も上がり、なんて事もない良い天気となる。昨日の放送は何? ところで制作神村氏は、帰りが遅くなった作監安藤氏を家まで送り、いざ自分が帰ろうとしたところ、風雨が強まり、徒歩10分の家に帰れなくなる。会社泊。

 交通事故で入院中の○○君のお見舞いに、宮崎監督が松の鉢植えを花束替わりに持って行く。「根っこが生えるまで病院にいればいいよ」との監督の冗談に、本人は相当へこんでいた。

 「千と千尋の神隠し」のレイアウトがかなりあがってきた。Bパート○○○○のシーンは、やはり処理が複雑になりそう。デジタルで処理できるのでよかった…いや、デジタルだからこそ、こうも複雑になってしまったのでは? 


7月10日(月)
 「ああ、餃子も食べたいがステーキも食べたい。餃子ステーキライスってないかなあ」と朝から制作・田中氏が、聞いただけで胸やけしそうなメニューの話をしている。昨日自転車で大垂水峠にアタックしてエネルギーを使い果たし、異常に腹が減るのだそうだ。それはともかく、田中氏が自転車のトレーニングを積んでいるということは、今年もツール・ド・信州をやるということか? ただし本人は「単にツール・ド・フランスをTVで見て、その気になって走ってみただけ」と関係を否定している。


7月11日(火)
 某所へ荷物の移動をせよ、という密命受け、昼からちょっとした引越し作業。とはいえ、3スタから動画机を3台運んだりして、けっこう大がかりとなった。大塚塾第3回が開かれる。前回の研修ビデオ事件に対して大塚氏は「あれは胸を張って見せていい作品なんだから、みんなに見せたことはむしろ勲章だと思わなきゃ」とコメント。

 「フィアットの美しさを理解してないやつが作っている。けしからん」と佐々木さんの机に置いてあったフィアットのおもちゃを見て宮崎監督と大塚康生氏が激怒。そこから二人の車談議に花が咲く。さっきのおもちゃのことはすっかり忘れ、フィアット500(大塚さんの元愛車)やシトロエン2CV(宮崎監督の元愛車)の暴走自慢で盛り上がっていた。


7月12日(水)
 制作・石井君が最近あごヒゲをのばしている。「似合わない」という評判が圧倒的なのに、本人はお気に入りで、剃る気は無いようだ。宮崎監督あたりから「十年早い」などと言われそうな気がするのだが。

 7時より、試写室にて「レクチュア上映会」が行われた。講師が推薦するアニメーション作品を解説付きで見るという、研修プログラムの一環だ。第一回目の講師は安藤氏。作品は「ニムの秘密」。「千と千尋の神隠し」の作監作業で連日ハードな安藤氏だが、「ニム」高水準なアニメート技術について語る姿は生き生きとしていた。


7月13日(木)
 豚の尻尾って右巻き左巻きどっちだったっけ?」と宮崎監督の突然の質問に困惑するスタッフ。世界中を旅して、豚の脳みそのスープまで食べたことのある石井君に聞いてみても、巻きはないのでは、との回答。そうこうしているうちに、豚がたくさん出てくるカットのレイアウトが、監督から上がってくる。そこでは全ての豚の尻尾が右巻きになっていた。うーむ。

 某銀行から突然電話が入る。「そちらの社員とおっしゃる方が、支払いの手続きに来られたのですが、あの・・・本人は一村と名乗ってらっしゃるのですが、本当にこの方でよろしいのでしょうか?」となんとも不可解な問い合わせ。どうも一村氏の「ポロシャツと裸足につっかけ」という普段と変わらぬ姿と、扱う金額とのギャップに、銀行員が不審に思ったらしい。こちらとしては笑える話なのだが、電話をかけた銀行員の態度はかなり深刻だった。無事疑いが晴れた一村氏は「まったく失礼な」と憤慨していた。しかし社内では「その格好じゃあ疑われてもしょうがない」という意見がもっぱら。特に「裸足につっかけ」がまずかったか。


7月14日(金)
 ○野○明監督の某実写作品の社内試写が昨日から行われている。初日の昨日は大入りの上、関係者が多数来場。主演の○谷○子さんを見かけたスタッフの中には、今日もその興奮を引きずっている人がいた。

 「千と千尋の神隠し」の原画候補の○○氏が来社。安藤氏以下必死の説得が繰り広げられる。

 8月から制作進行として「千と千尋の神隠し」に参加する伊藤君が来社。今年高校を卒業し、某実写作品に制作として参加していた若者だ。さすが厳しい実写をくぐり抜けてきただけあって、挨拶がきちんとしているので、挨拶回り時のスタッフの感触は非常に良好。
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ジブリバーにて、○谷○子自ら撮った写真。


7月15日(土)
 「千と千尋の神隠し」の中心舞台となる○屋の建物を裏面から見たレイアウトが、宮崎監督から上がる。これで、今まで謎とされていた建物の外観は一周できたわけだが、中の構造は未だ謎に包まれているところが多い。


7月17日(月)
 「千と千尋の神隠し」の制作保存用レイアウトのコピーが棚一杯になった為、少し整理する。今回はレイアウトのコピーもカラーコピーで取っている。その再現度の高さに感心しつつ、コンテやキャラ表の整理も行った。今後の作業がかなりしやすくなる。

 「パンターニ見た? 俺もう、涙出そうになったよ」と朝から興奮して話す宮崎監督。ツール・ド・フランスで奇跡の復活をとげた、イタリアの山岳王マルコ・パンターニの活躍をテレビで見て感動しまくっている。しかし、この話でともに盛り上がれるのは制作・田中氏くらいで、話題をふられたメインスタッフはどう反応してよいものか困っていた。

 このウェブページのiモード&Jスカイウェブ版がついに完成。本日より公開が始まる。見たい方は日本テレビのi-日テレ、J-日テレからIN。


7月18日(火)
 QARのライトテーブルのスイッチ部分が壊れていたため、新しい部品を買い出しに行く。たくさん種類がありすぎて、どれを買ったらいいものかととまどいながら、いくつかのスイッチを購入。しかし、いざライトテーブルに取り付けて使ってみたとたん、ブレーカーが落ち、マック版QARの電源までが落ちてしまった。大慌てでいろいろ改善を試みたが、何度やってもブレーカーは落ちる。悪戦苦闘の末、結局元のスイッチを無理やり直して組み込むはめになってしまった。しかも、はんだ付けが必要なため、作業は明日も引き続き行うことに。機材も連日の暑さにへばったのか、トホホ・・・。

 コンテコピーに酷使し続けているデジタルコピーが、勝手に縮小をかけてしまうという反乱に出る。早速修理屋さんを呼び直してもらうが、原因を聞いても「メモリーがうんたらかんたら・・・」とよく分からない。これも暑さゆえの反乱か。

7月19日(水)
 昨日に引き続き、QAR透過台の修理を行う。もとのスイッチを力技で直し、はんだで接合。昨日の苦労は何だったのか? というほど見事に直った。「下手の考え、休むににたり」との声が聞こえてきそう。

 ツール・ド・フランスでのパンターニ熱が未だ冷めない宮崎監督。昨日は「自転車屋」の異名を持つ作画・斎藤氏を捕まえ、図解付きでパンターニ復活劇を熱く語り、今日は出版部にて、打ち合わせに来ていた健脚ライター兼編集者野崎氏、出版部渋谷氏、制作田中氏らを相手に、「ツールでも応援したいやつはパンターニだけ」と絶賛していた。因に「百数十人の会社でこんなにツールで燃えているやつがいるのになぜ世間では盛り上がらんのだ?」と素朴な疑問も口にしていた。


7月21日(金)
 昨日の休みも返上して、自宅でコンテ作業をしていた宮崎監督。早朝に起きた地震で「ついに関東大震災か。これで映画が全部おじゃんに・・・」と、不謹慎にもつかの間の喜びに浸ったらしいのだが、そう調子よく行くはずもなく、かえってその後に苦しみが倍増してしまい、朝までまんじりともしなかったとか。監督が天災に救いを求めるのは毎度のことだが、産みの苦しみはいつもにも増してはげしい。


7月22日(土)
 二日もかけて直したはずのQAR透過台のスイッチ部分が、またもや壊れる。応急処置として電源のルートを変えたが、このままでは不便でしょうがない。来週にはなんとかしなければ。

 宮崎監督が朝から針治療に出発。頭の先から足の裏まで、針千本のように針を打ちまくられたらしい。「電気も通すから、カエルの実験のときみたいに体がビクビクって動くんだよ。でも怖くなるくらい良く効く。体の限界を越えて持ちこたえさせてるんだね。あと5回やったら死ぬな」と縁起でもないことをさらりと言って、涼しい顔。しかし制作は、監督の元気が回復したのをいいことに「コンテあげて下さいね」と微笑みながら冷徹にお願いする。


7月24日(月)
 百瀬氏がニューオーリンズで行われるシーグラフに講師として参加するため渡米、と思ったら機材不良により乗るはずだった飛行機が欠航となり成田で大慌て。振り替え便がなんとか決まったものの、成田~サンノゼ~ダラス~ニューオーリンズとヤケクソな乗り換えでしかも乗り換え時間が二度とも二時間以上待ちという地獄のスケジュールとなる。これまで海外出張をしたスタッフの例にもれず、ただでさえハードなスケジュールが待っていたのに・・・。


7月25日(火)
 メインスタッフの面々が、アメリカのディズニーのホームページで新作「アトランティス」の予告編を見る。日本のSFアニメを彷彿とさせるような描写が目を引き、各自の評価が飛び交っていた。

 一部のスタッフの間で異様なブームになっているチョコエッグのフィギュア収集。新たな妖怪シリーズの登場で、ますます歯止めが利かなくなり、出たばかりの給料がどんどん費やされているらしい。


7月26日(水)
 神村氏の努力で新たに○○氏の原画参加が決定。着々と増えつつある原画陣。宮崎監督に絵コンテをかんばってもらわにゃ・・・。

 メインスタッフルームにて、飛行機マニアの宮崎監督がコン○ルドのエンジン解説を行う。なぜ落ちたのか等、鋭い考察が聞かれる。


7月27日(木)
 制作・神村氏と稲城氏が、社用で某ディスカウントストアーへ。領収書の宛名を「上様で」とお願いしたところ、「ウエ様は、どういう漢字ですか?」と聞かれてしまい、二人とも凍りつく。領収書には、しっかりとカタカナで「ウエ様」と書かれたそうだ。しかも、「ウエ様」をどう書くか聞かれたのは、これで二度目というのでさらにあきれる。

 「豚の正面顔の資料を探せ」との宮崎監督の指令を受ける。養豚場へ行くという案も出たが、作画の松尾さんが先日資料に八王子まで行って撮ってきた豚のビデオがあるとのことが発覚、事無きを得る。またインターネットの画像も検索。そちらでも資料を集める。実際に養豚をされている方のサイトに良い画像が多く、なんともうまそうな豚が、ぎっしりと寝そべっていた。

 宮崎監督の使用していたストップウォッチが壊れる。秒針が突然止まったかと思うと逆戻りをはじめたりするらしい。会社に買い置きしてあった一周6秒のストップウォッチを使ってもらうことに。一周60秒のストップウォッチをずっと使っていた監督は、その秒針の回転する速さに目を回していた。一方、壊れたストップウォッチは「形見だからできるだけ直して」と監督。ストップウォッチの裏を見ると近藤喜文さんの名前が。これって形見というより、近藤さんのを勝手に使っているだけなのでは・・・。監督は「近ちゃんのタタリだ」とも。


7月28日(金)
 レイアウト用紙を2万枚注文。本当はもう少し頼みたかったのだが、倉庫に入りきらないので断念。早く倉庫の整理をしなければ。

 Bパート一連のシーンのレイアウトが、大量にチェックアップする。それを見た美術・武重氏は、ひきつった笑みを浮かべながら「お、おう。机の上に置いといて」と一言発するのみ。


7月31日(月)
 宮崎監督が、何も言わずに進行表を凝視している姿を目撃。なにを思ったか聞いてみたかったが、そんな恐ろしいことはやはり聞けない。

 ネットで「○ター○ォーズ」の新しい予告編を見る。が、何かがおかしい。片塰さんの分析によると、CGを使ったり、既製の映画に宇宙船をはめ込んだりしてそれらしく見せている偽物、とのこと。みんなだまされたーと頭をかきむしっていたが、「○イト○ーベルが出れば、○ター○ォーズに見えるもんですよ」との片塰さんの一言に一同納得。

 本日の講演会の講師として、坂田俊文博士来社。「宇宙考古学」を提案した博士からのお土産は、宇宙飛行士の向井さんも食べたという「宇宙たこ焼き」だった。