2000年8月

8月1日(火)
 仮免の学科で落ちるなど、イバラの道だった三好氏の運転免許習得も本日が卒検。しかし結果は見事玉砕。スピード違反からエンストの連発、横断歩道のおばあちゃんをひきそうになるなど、信じられないようなミスを連発、100点満点中減点90点という記録的な結果に。制作では「こんなドライバーを世に放っていいのか」と慰めどころか深刻な社会問題としてとらえている。

 制作新人・伊藤くん、本日より仕事を始める。外注様まわりに同行させ、まずは挨拶からスタート。

 「千と千尋の神隠し」の作画参考のために、豚の取材に行く。生まれたときは1.5キロの子豚が、半年で110キロにまで成長するというのだから驚く。ビデオとカメラで良い絵がたくさん撮れた。

 作画新人○○くんが、大塚康○氏から長年愛用していた軍用風バイクのモ○ラを譲り受ける。喜び勇んで試運転に出かけようとしたところ、いきなり車の前に飛び出してしまい、あわやの危機。先行きに不安を感じさせる。


8月2日(水)
 某スタッフの粗い運転に耐えてきた制作車デミオを6ヶ月点検に出す。

 毎度おなじみ、「ツール・ド・信州2000」が秋に開催されることが決定する。距離がのび、坂も増えたため、弱気になっている人もかなりいる様子。また主催者のI・Gの裏で、k坂氏が動いているという噂から、実際に走ってみると地図で見るより難度の高いコースではないかと予想される。あくまで「みんなで楽しく走ろう」がモットーなのだが。

 先日、講演会で講師をしてくださった坂田俊文氏からいただいた地球のモデルを使って、宮崎監督が坂田氏の講演を再現。「地球がこの大きさだとしたら大気の厚さは?」「月の位置はどれくらいだ?じゃあ、火星は?」などと新しく仕入れた知識を、講演会に出なかったスタッフを相手に嬉しそうに話していた。ちなみにジブリのものとしていただいたはずの地球モデルは、しっかり監督の机に飾られている。


8月3日(木)
 「千と千尋の神隠し」の作画作業も進み、各キャラクターも当初のキャラ表からかなり変化していることもあり、作監修正集の作成を行う。使用するカットのめぼしは付けていたが、かなりの量になりそうだ。

 夕方から東京都写真美術館において、ジブリ初の実写映画・庵野秀明監督「式日 SIKI-JITSU」の完成披露試写会が行われる。この映画の情報は近日中にこのHPにアップ予定。因にi-モード、Jスカイウェブ版HPには既に情報が載っています。そちらもよろしく。

 つまらないことに三好氏が自動車教習所卒業検定合格。もう一回ぐらいすべって笑わせてくれるかと期待してたのに残念。しかし、次には府中試験場での筆記が待っている。仮免では学科で滑るというパフォーマンスを見せてくれただけに期待したいところ。


8月4日(金)
 「千と千尋の神隠し」の打ち入りから新人歓迎まで、まとめて行うパーティの日程が決まる。屋上か駐車場を使う予定なので、夕立に襲われないことを祈るばかり。メインメニューは、新人に二人の北海道人が入ったわけだから、勿論ジンギスカン。「宮崎監督、奥井映像監督とイマジカのタイミング平林氏が、デジタルデータのフィルム出力時の色の再現性について話し合いを行う。

 「千と千尋の神隠し」の背景Aパート中程がまとめてあがる。

 ますますつまらないことに三好氏が一発で学科試験に合格。無事免許証が交付される。制作ルームには宮崎監督も交じり猛烈なブーイングが巻き起こっていた。


8月5日(土)
 「竜のひげって何のためについているんだ?」と宮崎監督は、また答えるのに困る質問をしている。演助・高橋氏は「空飛んでるときの避雷針みたいなものでは?」などと答えていたが、実際のところ何のためなのだろう?


8月7日(月)
 ロシアの巨匠、ユーリ・ノルシュテェイン氏が3度目の来社。未完の「外套」の制作費を得るために作った(実際には赤字だったそうだが・・・)TV番組「おやすみなさいこどもたち」のオープニング・エンディングをたずさえての来日だ。2分15秒で1年半かけたという新作の上映に、試写室は満員。来日3日前に上がったばかりのラッシュ・フィルムで、音はまだ入ってないのだが、キャラクター、動き、色等々、どれをとっても本当に素晴らしい作品。試写室のあちこちからため息がもれていた。上映に先立って宮崎監督は、ノルシュテイン氏と社内を案内しながらにこやかに歓談。厳しいスケジュールのカット表を見せながら「地震よ、来い」と、いつもの天災に救いを求める発言をしていた。これにはノルシュテイン氏も同感の様子。作家の生みの苦しみは世界共通。

 夕方より、雷雨が発生。空一面が赤紫に光り、荘厳な風景を見せる。近くで開かれた花火大会も、雨が降り出すまでがんばって打ち上げていたが、雷に屈したようだ。


8月8日(火)
 引っ越したばかりの制作渡辺さんが突如車に乗って出勤。何事かと思ってたずねたら、駅でキップを買おうと財布を見たところ200円しか入っていなかったそうな。しかもキャッシュカードは奥さんに握られていて、自分ではお金も下ろすことが出来なかったという。その奥さんは既に出勤した後・・・。そこでしかたなく車に乗ってきたとのこと。寂しい・・・。

 ジブリ定例ミーティングが開かれる。最も進行が懸念されている「千と千尋の神隠し」絵コンテは、現在の状況だと夏期休暇明けにCパートが終了する予定。

 意味不明パーティの食料買い出しに行く。ジンギスカン班は吉祥寺、焼きそば班は武蔵境へ。明日は120人からの大人数になるため、準備は早めに行う必要がありそうだ。


8月9日(水)
 今年の新人たちの間でも、「制作・神村氏は妻子持ち」という噂が流れている。毎年のことなのだが、日ごろの神村氏の言動を見ていると、なぜそうなるのかは謎だ。

 「千と千尋の神隠し」絵コンテ、Cパート、CUT831まで102カット分アップ。ようやく山岳ステージ突入か。

 6時よりパーティが、屋上と会議室とバーの3会場にまたがって開かれる。屋上では、ぱらつく雨と雷におびえながら、ジンギスカンと焼きソバパーティー。ダンドリの田中氏率いるジンギスカン班が早々に食べ始める横で、出遅れた居村・神村ヤキソバコンビは強風と闘いながらソバ作りにチャレンジ。宴もたけなわのころには、味付けやタイミングも心得てすっかり「○屋のあんちゃん」となっていた。


8月10日(木)
 1スタ1階映像部が明日から工事のため、机や棚を片付ける大掃除で慌しい。CG部にあった本棚をどかした跡に、ため息が出るくらいきれいな白い壁が現れていて、露出していた壁がいかに汚れていたかを痛感。この工事のためマシンが使えず、映像部は明日から一足早い夏休みとなる。

 「千と千尋の神隠し」で、色のついたキャラクターを背景に乗せたカットをシミュレーションとしてモニター上で見る。「机の上で描いてるときは実写のような気分なのに、こうして動いているところを見ると、やっぱりセルアニメなんだと実感させられるなあ、毎度のことだけど」と宮崎監督はぶつぶつ。


8月11日(金)
 明日から夏期休暇が始まるからなのかどうかはともかく、関係者のスタジオ見学があちこちで列を作っていた。CG関係の方も来ていたのだが、肝心の映像部は工事中で、からっぽの机や棚が置かれているだけだった。

 スケジュールが厳しい「千と千尋の神隠し」は、休暇とはいえコンテ、作監は進めてもらうことに。

 テレセンに音響作業のテープその他を取りに行くことになったのだが、電車を押した神村氏に対し、稲城氏は「重いから」と車で行くことを指示。指示に従い斎藤、伊藤両制作が車で向かったのだが、当然お盆前の大渋滞。片道3時間半の大旅行となる。しかもテレセンに着いた両氏を待っていたのは、片手で持てる紙袋一個。おいおい。帰ってきた怒りの斎藤氏の視線にも稲城氏は涼しい顔。

 明日からの休みを前に「千と千尋の神隠し」の原画が大量アップ。週頭から原画チェックをバシバシこなし、明日から山小屋でコンテ合宿を目論んでいた宮崎監督はうれしそうな悲しい顔。


8月28日(月)
 夏休みも終わり、今日からまた映画完成に向けて慌しい日々が始まる。お茶菓子コーナーが、夏休みに全国の田舎に散ったスタッフたちのお土産であふれている。なかでも熱海出身スタッフが海で採って来たサザエなど鍋満杯の貝類が人気を呼んでいた。

 山小屋に行っていた宮崎監督がついに「千と千尋の神隠し」絵コンテCパートを全て上げてきた。「山小屋の最初の一週間は神経症で終わってしまった」と苦戦した様子。現在までのコンテ計算の総尺は1時間15分49秒8コマとなる。

 朝来てみると作画監督・安藤氏の机にあったカットの山が、夏休みの間に減っている。案の定上がりが19カット、時間にして約180秒分上がってくる。しかしまだまだこのペースでは終わらない。

 飯田木工より注文していた動画机が五脚届く。着々と増員の準備は進む。


8月29日(火)
 絵コンテを大量に刷ったため、早くもコピー用紙の在庫が心許ない。

 K氏が来社。宮崎監督となにやら雑談していたのが、監督がいつのまにか絵コンテを出してきて説明を始める。「こ、これは作画打ち合わせですか?」と不安がるK氏。気にせず監督は「ということだから14カットよろしく」と頼んでしまう。

 広島国際アニメーションフェスティバルの審査員を務めたアメリカのアニメーション作家ビル・プリンプトン氏がスタジオ訪問。氏はジブリ作品のファンで、「プリンセス・モノノケ」はもちろんニューヨーク近代美術館での上映も見てくださったそうだ。

 3スタの作監机にガタがきて斜めに曲がったため、日曜大工よろしく修理する。釘や金槌の調達に一苦労。

 「最近なんとなく視界に見知らぬ人の気配を感じる」と某氏。暑さのせいか、いや「シックッス・センス」の見すぎかと思ったら、どうも動画スタッフが新しく入ったのを知らなかったらしい。

 シャツの胸ポケットに空いた穴からストップウォッチを飛び出させるというネタを開発し「四次元ストップウォッチ」と命名した宮崎監督が、夜半ごろあちこちで笑いを取ろうと披露していた。


8月30日(水)
 組立をしていないまま一階玄関に置かれていた動画机の整理をする。電動ドリル等様々な器機も使ったのだが、結局手で回す方が慣れていて早かったりと、制作一同悪戦苦闘であった。一台は組み立てたものの、途中で木ねじが足りなくなり断念。なんだか大工仕事が続くなあ。

 原画の手持ち分が終了した賀川さんに、作画監督補としての作業に入ってもらうことになる。

 いろいろなお土産物の中に韓国海苔が大量にあったため、いたるところでぱりぱりと海苔をむさぼる音が聞こえる。

 宮崎監督のチェックを受け、かなりの背景上がりが出る。演助の二人が金魚鉢にこもり、整理に追われていた。

 調布の花火大会がジブリの屋上から見える事が解かり、大勢の社員がジブリの屋上から行く夏を惜しむ。


8月31日(木)
 某関連会社より、鈴木さん宛に山のような外国のお菓子が送られてくる。早速お菓子置き場に置かれたため、スタッフが先を争って食べる。みんなはおいしく食べていたのだが、制作渡辺さんが一部にしけっているものや、カビがうっすら生えているモノを発見する。よく見ると賞味期限が2年前の日付になっているものがあるではないか。たちまち今流行りの「回収騒ぎ」となる。巷の騒ぎには「ちょっと神経質すぎる」と思っていたスタッフも、この2年前の日付には絶句。しかしそれを聞いても宮崎監督は少しも騒がず「大丈夫だよ、こんなの」と、ばりばり食べ続けていた。因にこれを裏付けるようにお菓子の回収率も50%を下回っていた。