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特集コラム「ゲド戦記はこうして生まれる」

2006年6月17日

(5) ―原画・作画監督―

  
 2週間弱、間を頂きました。

 不定期更新になってからも、毎日訪れて下さっている読者の方々から、この間、沢山の感想のメールを頂きました。

 本当に、ありがとうございました。

 今週末から来週にかけては、映画完成へ向けた作業が目白押し。
 またまた張り切って、映画完成日(初号)の日まで、更新してゆきたいと思います。


 「監督日誌」で、ゴロウ監督が書いていた通り、現在、映画「ゲド戦記」は、音響制作の真っ最中。

 この間「制作日誌」では、映像が完成するまでの過程を紹介してきました。しかし、映画は映像だけでは成立しません。

 役者の皆さんが吹き込んだ「台詞」と、映画世界の実在感を決定づける「効果音」、寺嶋民哉さんが奏でる壮大な「音楽」。この3つが、完成した映像にのせられ、初めて映画は、完成するのです。

 現在、東京都内のスタジオで、音響スタッフが泊り込みで音響作業を進めています。

 本日、ゴロウ監督、鈴木プロデューサーが全体を通してチェックをした後、来週から「ファイナルミックス」という、音響制作における最終作業が行われる予定。

 今日のチェックには、僕も同席する予定ですので、その様子はまた追って、レポートしたいと思います。


 さて、本題。


 「ゲド戦記」の映像はどうやって生まれるのか。
 その制作過程を紹介しているコラム、「ゲド戦記はこうして生まれる」。
 この間、4回に渡って、映画の全体制作工程、絵コンテ、映画の画面の構図を決定する「レイアウト」作業について、描いてきました。

 今回は、アニメーターが、実際にキャラクターを動かす(=演技させる)「原画」について書きたいと思います。


●アニメーションとは


 アニメーション(animation)の語源は、「animate(生命を与える)」という言葉に由来すると言われています。文字通り、紙の上のキャラクターを描き出し、動きという命を吹き込む、という意味ですね。


 アニメーションと、ひと言で言っても、粘土細工を少しずつ動かしながら撮影する「クレイアニメーション」や、コンピューター上で構築された、立体的なキャラクターを動かす「3DCGアニメーション」等、いまやその手法は多種多様。

 ここでは、スタジオジブリ作品や、多くの日本のテレビアニメーションで使われる、線画で描かれた平面的な絵を動かす手法「セルアニメーション」について解説します。


 まずは、以下の制作フローをご覧ください。赤く囲まれたところが、今回紹介する「原画」作業です。
 
 
クリックすると別ウィンドウで拡大表示されます『ゲド戦記・制作フロー(クリックすると拡大)』
 
 
 大雑把に言ってしまえば、「原画」とは、誰もが一度は、ノートの端っこに描いたことのある、「パラパラ漫画」そのもの。


 1枚1枚の止まった絵を、連続して描き、それが再生される事によって動いて見える。


 原画アニメーターとは、この、原理としては実にシンプルな現象を利用し、高度なテクニックによって、キャラクターを動かす、プロフェッショナルたち。

 単純に絵が上手なだけでは、アニメーターにはなれません。

 監督や、作品の要求する、カットごとのキャラクターの演技から心情に至るまでを、キャラクターに乗り移って、まっさらな紙に描き出してゆく。

 実写映画にたとえると、原画アニメーターとは「役者」である、ということが出来るでしょう。


●具体的な原画作業


 この間取り上げてきた、「ゲド戦記」の主人公アレンが、ゆっくりと顔を起こすカットを元に、具体的な原画作業を、解説してゆきましょう。

 これが、完成画面です。
 
 
20060617_complete.jpg


 そして、第2弾の予告編の後半の、このカットの動きを、じっくり観察してみてください。


 うなだれていた少年が、目を開き、目線の先を追いかけるように、顔を起こしてゆく……。


 秒数にして10秒前後のカットですが、少年の目線の流れや、首の重さが表現された、シンプル故にとても難しい動きです。


 原画アニメーターは、監督との打ち合わせを元に、頭の中で、アレンの動きをイメージします。

 アニメーターの机の上には、必ずストップウォッチが置いてあります。絵コンテで指定された秒数の中で、どのようなタイミングでキャラクターに演技をさせるか……。

 現場からは、


 ジー……カチッ ジー……カチッ


 という、アニメーターがストップウォッチで、演技プランを確かめている音が聞こえてきます。

 実際にはもっと細かい工程がありますが、原画アニメーターは頭の中で演技プランを立てた後、動きのキーとなる絵を、作画用紙に何枚か描いてゆきます。
 
 
20060617_start.jpg
『最初の絵』
 
 
20060617_open.jpg
『目が開かれ……』
 
 
20060617_middle.jpg
『首を起こしかけた真ん中の絵』
 
 
20060617_last.jpg
『最後の絵』
 
 
 実際には、もっとラフな絵を、何度も描き直して演技を組み立ててゆきます。
 
 原画の描き方は人によって様々です。まずは全体をラフでバーッと描いてしまう人もいますし、頭から順番に描いてゆく人もいる。今回解説したのは、キーとなる動きを最初に決めて、その間を埋めてゆくという、基本中の基本の描き方です。
 
 
 この、キーとなる絵と絵の間を、更に細かい動きで埋めてゆき、頭の中のイメージを、紙の上に描き出してゆくのです。
 
 
20060617_parapara.jpg
『作画用紙を何度もめくりながら、演技のチェックをしている作画演出の山下さん』
 
 
 こうして、このカットは、最終的に12枚の原画で構成されることとなりました。
 
 
20060617_all.jpg
『左上から下へ見ていってください』
 
 
 会話や激しいアクション、草木が風に揺れる動きから水しぶきまで。

 原画とは、森羅万象を真っ白な紙の上に描き出す、とても創造的な仕事なのです。


●作画演出と作画監督の仕事


 仕事柄、僕はスタジオを訪れる方々に、アニメーターの仕事について解説する事が多いのですが、決まって、こういう質問を受けます。


 「何人ものアニメーターが、みんな同じ絵を描けるんですか?」


 アニメーションは、皆が手分けして描く集団作業ですから、ひとりのスタッフがすべてのカットを描く、というわけにはいきません。当然、一人ひとり、描くクセも違いますし、演技に対する考え方も違います。
 どんなに似せて描こうとしても、まったく同じ、というワケにはいかないのです。


 それを取りまとめるのが、この間、制作日誌でも何度も登場している、作画演出の山下さんと、作画監督の稲村さんです。


 「ゲド戦記」では、キャラクターの動き=演技を、山下さん。
 キャラクターの表情やフォルムを、稲村さんが、取りまとめていました。

 
 各原画アニメーターが描いた原画は、山下さんと稲村さんのところへまとめられます。
 ふたりは、ゴロウ監督と相談しながら、原画の上に新しい紙を載せ、上から修正してゆくのです。

 
 各原画スタッフが手分けをして描いた絵の、演技と造形を最終的にとりまとめるこの二人の修正が入って初めて、作品全体を通したキャラクターのフォルムから演技、感情の動きまでが、完成されてゆくのです。
 
 
20060617_ina.jpg
『アレンを描く稲村さん』
  
 
 今回紹介した原画は、稲村さんの修正済みのものを掲載しています。
 正確に言うと、「作監修正済み原画」であるということを、記しておきたいと思います。


 次回は、動画について、解説しましょう。