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2006年5月 8日

第八十四回 私の家庭教師

スタジオの中で、私に対して一番歯に絹着せずに、
色々なことを言ってくれるのは、色指定の保田さんです。
それは感想であったり、助言であったり、
そして時には叱責もあります。
私の演出上の癖や作品の本質を
初めに鋭く指摘したのも保田さんでした。

ご存知の方も多いと思いますが、
彼女はこの道40年以上の大ベテランで、
高畑勲作品、宮崎駿作品を支えてきた方です。

当初、今回の作品は仕上げの若手2人が色指定を担当し、
保田さんはアドバイザー的な立場に立つはずでした。
なにしろ、美術館作品3本をやり終えた直後で、
相当に疲労されていたからです。
しかし、私も若手2人も経験不足から先に進まない状況になり、
結局は、保田さんに前面に立っていただくことになりました。

保田さんには、ずいぶん色々なことを教えていただきました。
明度、彩度、混色の考え方などといった
色彩設計上の基本的なことだけではありません。
素材が何であるかを考えれば、使える色は自ずと決まってくること、
単なる計算値ではなく、
そのシーンで表現したい感情や雰囲気が前提にあって、
それによって色を決めていくべきこと、
色は、数字を調整して決めるのではなく、
「調合」によって作るものと考えるべきだということ、
そして、艶やかな画面とはどういうものなのか、などなど。

色彩設計のことだけではありません。
キャラクターの背景の描き方で注意すべきことが何であるか、
高畑勲監督と宮崎駿監督の指向の違いと、
その結果としての画面の違いは何か、
セルと絵の具を使っていた時代と
コンピュータを使うようになった今との違い、
そして、仕事に対する心構えまで、
教えていただいたことは、本当に多岐にわたっています。

今でも毎日のように、保田さんに教えられて、初めて気づいたり、
合点がいったり、そして落ち込んだりしています。

最近、保田さんのことをたびたび書いていますが、
もし保田さんに出会わなかったらと思うと、
いくら感謝しても、し足りないのです。
保田さんは私にとって、時に厳しく、
時に優しい家庭教師のような存在なのです。