制作日誌 1998年11月

98.11.2(月)
・高畑監督、鈴木プロデューサー、音楽担当の稲城さんらと、音楽についての社内打ち合わせを行う。「となりの山田くん」本編内で使われる既成曲と、何処のオーケストラを使うか等を確認。
・作画スタッフにいっそうの奮起を促したい、との目的で、作画スタッフをバーに集めて、今まで出来上がった絵に音を付けたもの、約25分を上映する。自分の担当シーン以外は初めて見る人も多く、そこかしこで笑い声が上がる。上映終了後、高畑監督から今後の作画に関する注意事項も話される。
・絵コンテ シーン3-2の続き43~59まで17CUT、109.5秒分アップ。

98.11.4(水)
・ラッシュチェックあり。その際ボブスレー篇の色見本も上映されるが、決定には至らず。
・絵コンテアップに向け、田辺さんにプレッシャーを与える目的もあり、社内に絵コンテアップ秒数を大きく張り出すことになる。神村氏と共に、今まで上がった絵コンテの秒数を1CUTずつ再チェック。
・安藤、稲村両氏の打ち合わせが行われる。

98.11.5(木)
・デスク神村氏が体調不良でダウン。欠勤。
・高畑さんがシーン「人生何が起こるか…」の、スポッティングの基になる素材作りをしている。益岡さんの録ったいくつかのテイクを聞き較べているが、それぞれ良い出来なので、どれを使うか相当悩んでいる様子。
・動画チェック斎藤君が私用でお休み。そういえば、今日からお台場の東京国際展示場で東京国際自転車展が始まるなぁ…、気のせいかなぁ。
・仕事で一日外出していた門屋さんが、夜の11時すぎに自分の車でジブリに帰社途中、ガス欠で立ち往生。スタンドの車に牽引してもらい事なきを得たが、ジブリに帰ってきたのは1時すぎ。しきりに「屈辱だ」と悔しがっていた。

98.11.6(金)
・4時より会議室で、各部署の代表に集まってもらい、ボードを前に色全般の打ち合わせが行われる。この話し合いによって、作品全体の基調作り、美術やキャラクターの色、実線、内線、輪郭線のバランス等を決めていくのが目的。

98.11.7(土)
・11時より部次長会議が開催される。会議終了後、各部署で結果報告。「となりの山田くん」進行状況や、映写室、人事等の報告がなされる。
・夕焼けが尋常でなくきれいだった為、スタッフが屋上に詰めかけ一時の幸福に浸る。もちろんにわかカメラ小僧も多数出現し、写真を撮りまくっていた。ところで、ふと三階の美術の部屋を覗いたら、早速夕焼けを肴にしたのか、酒盛りが始まっていた。
・最終スケジュール表が完成、早速社内に張り出す。如何に遅れているのかが一目瞭然となる。

98.11.9(月)
・肝心の制作神村氏、居村氏が遅刻するも、11時過ぎから制作部の会議が開かれる。土曜日の部次長会議の報告と、スケジュール、実績の報告と今後の打開策が話し合われる。が、なかなか明るい話題は無く、会議室は暗い雰囲気に。
・午後は上がってきたシナリオの、誤植部分のシール貼り。
・森田氏の打ち合わせ22CUT分が行われる。

98.11.10(火)
・○○○○さんのCDが高畑さんの席に勢ぞろい。早速メインスタッフのみんなで廻し聴き。
・会社で新しい夕食弁当を取ることになり、今日からテスト期間が開始される。高畑監督以下メインスタッフを含め、かなりの人たちが注文する。味の評判は上々。因みに制作の石井君は、いつも頼んでいる別の弁当屋さんにも誤って注文してしまい、一度に二食を食べていた。若いって素晴らしい。

98.11.11(水)
・タップ位置とスキャナーでスキャンできる範囲を把握していない作画スタッフもいるため、新たにフレームをつくり配ることに。マキプロに発注。
・田辺さんの「マニュアル車のギアチェンジの仕方が見たい」という依頼を受け、ポンコツ愛車で実践してみるが、普段無意識でギアチェンジをしているため、意識するとなかなか上手く行かず。

98.11.12(木)
・明日の防災訓練に行う炊き出しの準備に、新人達を中心とした班が、近所の農家等を回り材料を調達し、バーと台所で下準備を行う。
・神村氏がスケジュールや社内の状態について、小西、斎藤両氏と相談。いろいろ意見交換を行う。

98.11.13(金)
・午後から国分寺消防署の方々の立ち会いで防災訓練が行われる。野中さんの野太い「火事だー 避難してください」の合図と共に訓練スタート。みんな一斉に避難開始、と思い気や、いまいち緊張感が出ずだらだらとジブリ前の公園へ。訓練終了後にこれはマズイと思った国分寺署の人からお叱りを受ける。その後、消火器訓練、仮設トイレの設置訓練が行われ、その後本日のメインイベント「炊き出し」が行われる。メニューは今話題のカレー。昨日から煮込んでいたため、実に味が深く旨い。約一時間半で全ての訓練が終了する。因みに夕食にも余ったカレーを使ったカレーうどんが作られ、残っていたスタッフに配給されていた。

98.11.14(土)
・橋本氏の打ち合わせ、シーン14-4 26CUT分打ち合わせ。
・今日で演助の伊藤君が退社するため、今後の作業の進め方について最終確認を行う。今後は、CUTが各部署間を移動する際行われるチェックを制作居村氏が、QARを含め、シート全般を斎藤氏が、と分業体制が取られることになる。慣れるまでに一寸時間がかかりそう。
・伊藤氏の送別会が9時から三鷹で開かれる。演助として多くの部署と関わって来たこともあり、総勢40人以上が参加する大パーティとなる。二次会、三次会と、朝まで飲み明かしたもの多数。

98.11.16(月)
・来日中のユーリ・ノルシュテイン氏が来社。ジブリに来るのは3度目だが、今回は奥様のフランチェスカ・ヤルブーソワさんも御一緒。高畑監督とノルシュテイン氏は日本の絵巻について熱心に議論を重ねる。話しが一段落付いたところで、高畑監督自ら社内を案内する。仕上、撮影、CG部では前回来社したときとは別な会社の様にデジタル化された内部に興味深げ。熱心に保田さんや百瀬さんの話しを聞いていた。途中で宮崎監督も豚屋から駆け付け、CG部で様々な話しをする。約2時間ほど滞在し、次の訪問先へと消えて行った。
・何故か朝から伊藤氏が来社している。土曜日に片付け切れなかった机を整理しに来たもの。

98.11.17(火)
・メインスタッフルームに動画チェックの鈴木まり子、小野田両氏の机を設置する。伊藤君の置き土産(大方はゴミ)がいたるところから発見される。
・3時より大森、斎藤氏を迎えて音楽打ち合わせが行われる。
・山田氏の打ち合わせ、シーン12-1 6CUT分打ち合わせ。
・社内のあちこちで車を仕立て「しし座流星群」を見に行くツアーが企画されている。高畑監督も家族で出かけるらしい。でも今日は寒くて晴れているので、東京でも充分楽しめるはず。

98.11.18(水)
・ジブリ野球部とディズニーチームとの試合が行われ、稲城さんの活躍もあり、ジブリが見事7対4の逆転勝ちを収める。それにしても前夜のしし座流星群が良くなかったのか、集まりが異常に悪い。かく言う私も三時過ぎ迄流星を見ていたため、見事に遅刻。
・前回時間がかかりすぎて、今後どうなるのか、と制作陣を恐怖に陥れていた色全般の打ち合わせが行われる。今回は1シーン分約20分で終了。ほっと胸を撫で下ろす。
・会議室にて原画整理が行われる。今日は「耳をすませば」。

98.11.19(木)
・高橋さんから「忘年会をどうしよう」と相談があるが、今年も去年同様、人数的に社内で行うのは難しそう。
・講談社から出た「人物二十世紀」という広辞苑みたいに分厚い本に、宮崎監督を載せたということで本が送られてくる。本自体がとても面白いのでみんなで取り囲んで見ていたら、いつのまにか宮崎監督の出ている頁へ。歴史上の人物と同列に載っているのを見ると、現実にいる監督とはイメージが結び付かず、妙な気分。

98.11.20(金)
・色打ち合わせ1シーン分が行われる。大分慣れてきたのかスムースに打ち合わせが進む。今日の所要時間は約30分。
・朝からCG部の某氏が、ホームページで今日から公開している某SF映画の予告編をダウンロードしようと試みるが、なかなか繋がらず苦労している。午後に何げなくつないだ二階のマックが見事にビンゴ。約20分かけてダウンロードに成功する。30才代が多いジブリでは某SF映画のファンが数多くいるが、予告編を見てみんな大興奮していた。

98.11.21(土)
・4時からシーン4-6のラッシュチェックが行われる。扉のブック、蛍光灯にリテークあり。
・今日は遅くまで残っている原画マンが多い。田辺さんも急ピッチでレイアウトを戻しているし、いよいよエンジン全開か。

98.11.23(月)
・危機感を感じている一部の原画マンが休日返上で原画作業。
・さらに田辺さんが、これ又休日返上でレイアウト、原画チェックをしている。そのおかげで週目標は、予定にかなり近い数字になっている。

98.11.24(火)
・明後日の○○さんとの音楽打ち合わせに向け、高畑監督がまとめていた音楽についての覚え書きが完成、関係者に配られる。またその際に見せる映像をアビットで編集中。
・デスク神村氏が週間実績表を田辺氏に渡し、いっそうの奮起を促す。
・最近、子供の頃に読んだ「アストロ球団」をもう一度見たい、という声が制作部を中心に巻き起こっていたが、それを聞いた高橋さんが自宅から秘蔵の10数冊分(全巻揃ってはいない)を持ってくる。みんな期待に胸を膨らませて読み始めるが、そのあまりの奇妙きてれつさに一同絶句。

98.11.25(水)
・百瀬さん、保田さん、動画チェックの面々が集まり、ボブスレー篇の動画番号や合成伝票の書き方の再確認。
・毎日、朝日新聞の朝刊から「ののちゃん」を切り抜いて、様々な資料に活用しているのだが、切り抜きをサボってページだけを抜き、メインスタッフコーナーに貯め込んでいたら、その新聞を誰かが古新聞と間違って捨てる、もしくは倉庫に行った整理済みの原画の詰め物に使ったらしく、行方不明となる。とりあえず倉庫に連絡をとり、明日中味をチェック。

98.11.26(木)
・音楽を担当する○○さん来社。高畑さんから「となりの山田くん」の企画意図や、音楽の要望等の説明があった後、この日のために作ったライカリールビデオの中から高畑さんが選んだ数篇を見てもらう。反応は非常に良く、何度も大笑いしてくれた。打ち合わせは順調に進み、考えていたより短い時間で終了する。
・「海がきこえる」の監督望月氏が来社、高橋さん等と今のテレビの状況等、様々なことについて話し合う。「となりの山田くん」で疲れ切った高橋さんは、「海がきこえる」の時よりも遥かに元気でポジティブな望月さんに圧倒されっぱなし。

98.11.27(金)
・昼食時に東小金井南口セブン・イレブンで強盗事件が発生する。金属バットとナイフを持った17、8才の若者一人が、建物の壁や近くに止めてあった自転車を金属バットでめった打ちにし、その後セブン・イレブンを襲ったもの。すぐに警察に捕まったようだが、ちょうどジブリでも食事時間だったため、事件の前後を目撃したものが数名いた。衝動的な犯行のようだが、けが人が出なくてなにより。
・午後に大塚さんが来社、昨日NHKで放送された「アニメの昭和史」についていろいろ裏ばなしを聞く。

98.11.28(土)
・夕方から府中の森で行われた矢野顕子さんのコンサートに高畑監督、鈴木プロデューサーらと出向く。コンサートは噂にたがわず素晴らしい出来で、二時間があっと言う間に終わってしまった。歌が上手いのはもちろんだが、その自由自在なピアノが歌同様に彼女を表現していた。ピアノトリオとして聴いても魅力ある音楽になっていると思うのだが…。またベースのアンソニー・ジャクソンが良い味を出していて、私はすっかり高校時代に聴いたスタッフやニューヨークオールスターズを思い出して涙していた。

98.11.30(月)
・鈴木プロデューサーが、以前高橋さんの猛烈な反対を押し切って買ったパソコン、イン○ートッ○が壊れたため、ソニーのバイオミニを購入する。それを見つけた田辺さんが非常に見たそうな顔をしていた(高橋談)為、本人が開ける前に、高橋さんが箱を開け、写真を撮ったりしながら機能を説明する(その後田辺さんは鈴木プロデューサーに怒られたそうですが)。すっかり興奮していた田辺さんとは裏腹に、通りがかった高畑さんはまったく動ずることなく「まるでSFの世界ですね」の一言を残し席へ戻って行った。因みにその後出社してきた奥田さんは、早速その機能を使って灰皿アニメを作っていたそうな。

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