2001年2月

2月1日(木)
 作画監督の棚に積まれた、未チェックのレイアウトの山に宮崎監督がテコ入れを始める。レイアウトの山が多少なりとも整理されると良いのだが。

 目にいいと言われる、ブルーベリーのジャムがクラッカーに乗っかったおやつを舘野さんが作り、メイン一同でおいしくいただいた。

 △△△の美術○○さんが社内イン。

 3スタ地下から引き上げたQARの操作法を思い出すのに四苦八苦。基本操作ばかりやっていたためか、うまく使いこなせない。とほほ。

 1スタ長編とはフレームサイズの違う△△△用に紙タップ作りを行う。1スタからタップ穴開け機を拝借し、ひたすら穴を開けて切るの繰り返し。単調で何も考えなくていい作業が、いつしか快感になってくる。


2月2日(金)
 舘野さんが、田舎から送られてきた漬物を大きな器にてんこ盛で、スタッフにおすそ分けしてくれたのだが、あまりのうまさにあっという間に食べ尽くされる。

 宮崎監督が夜の街明かりを描いた背景画のチェックをするものの、直しのニュアンスがうまく伝わらないらしく、ついには「俺が直接描いた方が早い」と美術に乗り込んで行ってしまった。

 △△△班では美術○○さんを交えて軽く美術の打合せ。監督から作品の方針について話をしてもらう。一方制作陣は、制作会議を行い、これからしなければいけないテストや、決めなければならない事項についてのスケジュールを話しあう。

 ジブリ近くの猫が群れているスポットで、△△△班が猫の取材を行う。猫缶、マタタビと準備は万端なのだが、アクティブに歩いたり飛んだりする猫を見たいというこちらの願いはかなわず、だるそうに寝ころぶばかりでなかなかいい絵に出会えない。今日は寒いから動かないのだ、明日ならもうちょっと暖かいはず、と自分を納得させつつ、引き続き取材を行う予定。


2月3日(土)
 鍼治療のため宮崎監督は午後からの出社。「全身に打った鍼から電流を流して…」と強烈なのを打ったという。それにしても遅い出社だと思ったら、「帰り道は世界が輝いて見えたので、隣の駅から歩いて来た」そうだ。そのエネルギーは仕事に…。さらに夕方からは整体も受けていた。

 追い込みに入ってスタッフが増えたこともあり、駐輪場が一杯になりつつある。スタッフの一部からの苦情もあって、とりあえず置き自転車は禁止にして共用の会社自転車を何台か置く方向で、宮崎監督が総務・石迫氏に話しに行く。その際監督は「駐輪場をこれだけ広く設計した私の先見の明を見習うべきだ」とアピールしていた。
 △△△のイメージボードについての打ち合わせが断続的に行われている。特に細部の仕様について、監督から様々な意見が出された。


2月5日(月)
 江戸東京たてもの園を休館日に特別開放していただき、「千と千尋」音響班が効果音収録を行う。建物の戸や窓などのきしむ音を収録した。とにかくすべてのものが懐かしい音を出してくれる上に、静かな立地条件と休館日というのが相まって最高のコンディション。一方、「ガタガタ、ギシギシと何をやってらっしゃるんですか」と警備員の方に怪しまれる一幕も。

 イメージアルバムの曲を譜面その他と突き合わせて宮崎監督にまとめて聞いてもらい、音楽の方向性など意見をもらう。「大きな声でみんなが歌える曲を」との要求が出る。

 △△△動検・○○氏と国分寺で5時より打ち合わせ。動画注意事項について話し合う。一方、□□氏のレイアウト2カットが一番乗りで上がる。この後も続々…だといいなあ。


2月6日(火)
 カッティングについての話し合いが行われる。当然それに向けての線撮りスケジュールの話し合いも行われる。今回はどのくらいの数になることやら…

 △△△で、レイアウトが上がった勢いもあって修正用紙を作る。ジブリではレイアウト用紙を短く切って使っており、その端にマジックで色を塗ることによって区別していて、今回は演出・水色、二人の作監は、緑、ピンクと3氏3色に決める。


2月7日(水)
 ポスター第二弾が着々と完成しつつある中、宮崎監督からポスター用の背景画変更案が発令される。すったもんだの挙句、やはり変更することになった。・某氏が、自転車のパーツを買う計画のため、食費をも削っているとの話を聞く。奥さんにしれるとまずいようなので誰かは書かないが、何を狙っているのかが気になる。

 △△△班居村氏が、靴を互い違いに履くというサザエさんな状態で出社し、「人生は辛い」と嘆いていた。ちなみに右がコンバースで左がジャック・パーセル。

 △△△班に猫のドキュメンタリービデオが日テレから届く。近所の猫撮影に散々苦労したスタッフは、どうやったらこんなシーンが撮れるのかと、感心することしきり。

 △△△班では、ライカリールのための絵コンテ取り込み作業を開始。あまり凝り過ぎるとどうにもならなくなるので、さじ加減が難しい。演助・鶴岡さんの活躍に期待がかかっている。


2月8日(木)
 「千と千尋」カッティングの話をすると、記憶が混乱し、今が何年何月なのかも分からなくなるという宮崎監督が、ようやく重い腰を上げ、進行表とにらめっこして第一回目のカッティング範囲を指定してくる。例のごとくすったもんだの挙句、その範囲で行くことに。

 「俺の知りたいのはこれより前なのに」と『世界の歴史』を開きながら不満そうな宮崎監督。なんでも、最近紀元前7000年あたりに興味を持っているそうなのだが、この本に紀元前3000年以前は記されていない。話題を振られた演助陣にはエジプト文明以前の知識がなく、ただうなずくばかり。

 △△△班のQAR用に、タブレットを取り付ける。慣れるとマウスより便利ということだが、誰一人慣れていないため、四苦八苦。

 △△△の動画注意事項の雛形を、制作・出口氏と居村氏で作ってみたのだが、PCがそれぞれwinとMacのため、データのやりとりにここでも四苦八苦。さらに居村氏はわざわざプリントアウトをして朱入れをする始末。制作陣のアナログ人間ぶりがあらためて露呈された。


2月9日(金)
 紀元前7000年前の話がまだ続いている。宮崎監督が、その時代の都市・チャタル・ヒュユクのことを書いた本を持ってきたためだ。路地を持たず、屋根とそこにかかる梯子が道になっているという不思議な構造に胸が躍る。

 あるカットをプレスコでやりたいとの指令が宮崎監督から発動され、急遽会議室でセッティングして録音開始。監督を含む3人が交互に吹き込み、数テイクを取ったが、結局採用になったのは、3人同時にオーバーアクションを付けて取った最後のテイクだった。

 合わせ鏡がある部屋のカットの原画チェックに四苦八苦する宮崎監督。鏡に映り込むキャラクターの向きが悩みどころのようで、「脳が切れそうだ」とぼやいていた。

2月10日(土)
 『アフタヌーン』連載の「茄子」のあまりの面白さにはまったスタッフ数名が、作者の黒田硫黄氏宛に出したファンレターに返事がきた。なんとロードレーサーに乗ったキキのイラストも描かれていて、みんなで盛り上がる。一方、ずっと前から黒田硫黄ファンなのに、声をかけてもらえず、今回のファンレターに名前を連ねそびれた制作・田中氏は「一生恨んでやる」と呪いの言葉を撒き散らしていた。

 △△△制作・出口氏は、奥さんが結婚式に出席されるため、お子さんの面倒をみようと早退け。どなたの式かと思ったら、なんとIGの沖浦監督とのこと。おめでとうございます。

 △△△で、学校の校舎の設定に変更が出る。細かい点だが、小さな事の積み重ねが大きな結果を生むのだ。


2月12日(月)
 世間では3連休最後の日だが、制作作業は平常どおり。そんな中、「これ以上のものはもう焼けないわ」との言葉とともに、篠原さんから最高傑作のパンをいただく。すると高坂さんがどこからともなく本格サラミを出してきて、それをお供にしばしの休息。


2月13日(火)
 「千と千尋」カッティング作業が始まる。今回はAパートとBパートの冒頭までを今日から3日かけて行う予定だ。まずは宮崎監督と編集・瀬山氏に、試写室にてアビットでつないだものを見てもらう。一部コンテ撮りのままでドキドキする場面も。その後編集の方向を打ち合わせてから瀬山氏にカッティング作業に入っていただいた。・△△△のレイアウトが2カット、チェック上がりとして出る。演助・鶴岡氏が、ドキドキしながら、初上がりの処理に取り組んでいた。

 「ダッシュで豚屋まで来い!早く来い!」と宮崎監督から連絡を受け、制作居村氏が駆けつけると、美術館で作っている立体ゾートロープの人形原型がずらり。あるキャラクター人形が、苦心の末出来たということで、監督がチェックしているのだが、その複雑な足を見るだけで、恍惚とする良い出来だ。その躍動感やリズム感のある造形に制作・居村氏は「どうやって型を抜いたんだ」と興奮しながら見入っていた。


2月14日(水)
 今日もラッシュチェック。カッティング用の素材を少しでも増やさねば。

 スタジオにお椀を持ったスタッフの行列が出現。作画・野口さんが、田舎から送られてきたきりたんぽと鶏で鍋を作り、その配給が行われたのだ。その絶妙な味付けにあっという間に売り切れる。

 一方3スタでは風邪が蔓延している。△△△制作・出口氏が昨日に引き続きお休み。作監・○○氏も調子が悪い。病原菌の元は制作居村氏だが、移しまくったおかげで、本人は回復間近。


2月15日(木)
 風邪にやられていた△△△制作・出口氏が若干回復したので仕事に復帰。しかし、スタジオ内の病魔は去ってはいない様子だ。

 先週に引き続いて△△△原画・○○さんのレイアウト上がりが2カット出る。さっそく回収におもむく。

 ナカザワから△△△用120フレーム動画用紙2万枚が到着。ありがたいのだが、3スタは収納スペースが全然ない。仕方ないのでとりあえず地下のサーバールームへ。来週にはレイアウト用紙2万枚も到着する予定だ。


2月16日(金)
 △△△のレイアウト上がりが、○○さんから8カット、□□さんからは5カット計13カット出る。じわじわとではあるが、演出棚に溜まってきた。


2月17日(土)
 福島まで温泉の効果音収録に行って来た稲城さんから、麩菓子と納豆と酒粕というよく分からない組み合わせのお土産をもらう。さっそく酒粕は甘酒に、納豆は舘野さんが焼いたもちに乗せて海苔を巻いていただく。さて、肝心の録音はというと、温泉でマイクを立ててバシャバシャやっているところに出くわした一般客に、かなりいぶかしがられたそうだ。

 △△△のQARコンテ撮を、ムービーにしてjazzにうつす。しかしjazzの容量がすぐ一杯になるため、うつしきれない。困った。

 △△△のレイアウトが着々と上がる中、組線とBOOKのどちらにするか、その方向性を出すのが意外と悩みどころになっている。レイアウトではセルの前後が微妙で、判断に苦慮するのだ。「とりあえず組で…」と言ってしまうこともしばしば。


2月19日(月)
 △△△の動検・○○氏が監督と初顔合わせし、作品の方向性についての説明や、その後のスケジュール等について軽く打ち合わせる。一方、新たにレイアウト2カットが上がる。コンスタントなペースが嬉しい。

 先日の動画用紙に続いて△△△用120Fレイアウト用紙2万枚が3スタに到着。そして誰もが迷うことなく、「とりあえず」と地下のサーバー室に運び込む。トホホ…。


2月20日(火)
 「千と千尋」イメージアルバム用の曲の作詞に追われる宮崎監督。そのうち一曲は今日が締め切りで、午前中かけて仕上げていた。しかしあともう一曲あるのだが…。

 △△△では○○さんから13カット分のレイアウトが上がる。一方、明日の音楽打ち合わせに備えて、監督と高橋氏、田中氏が軽く意思確認をする。


2月21日(水)
 △△△の音楽打ち合わせを○見○二さんと行う。監督とは初顔合わせだったが、お互いにコンセンサスがとれたようだ。

 仕上げ用のモニターが3スタに届く。さっそく設置するために、制作・居村氏はまたもや引っ越し。色指定用の席を、まだ入っていないからと今まで間借りしていたので仕方がないのだが。これでいよいよ3スタに居場所が無くなった居村氏は、本格的にジプシー状態となった。

 演助高橋氏が「千と千尋の神隠し」の制作が終わった夏休みに四国一週お遍路自転車ツアーの計画を立てている。しかし一日に40キロくらいしか走ったことが無いのに1400キロの工程を一週間で走破しようという試みに、ツール・ド・信州参加者達は「死ぬんじゃないか」と本気で心配している。


2月22日(木)
 夕方「千と千尋」のラッシュを行うはずが、宮崎監督が時間になっても現われない。あちこち探して奔走するも見つからず・・・と思ったら、いつのまにか試写室に現われている。20分ほど遅れての開始となる。


2月23日(金)
 底なしの胃袋を持つ制作・神村氏がなんと、腹痛と風邪でダウン。普通ならここで回りの反応が「よほど悪いものでも…」となるが、神村氏の場合は「よほど良いものでも食べたか」となるのが悲しい。

 3スタで新しく入れたマックの調子が悪く、修理に出すため箱詰めをする。演助・鶴岡氏のために、今日入った別のマックをスキャナーその他につなげようという案も、修理に出すマックに拡張用ボードなどをつけたままなので、一時断念。色指定さんもそろそろ社内にインしてくるので、なんとかしなくてはならないのだが。


2月24日(土)
 本日は神村氏が午後から出社。病気でさぞかし痩せ衰えていると思っていたのだが、出社後まもなく、風邪の名残か、思わずくしゃみをしたところ、ズボンのベルトが一気にちぎれる事件が勃発。それまで神村氏を心配していた空気もあっという間に吹き飛んだ。単なる食い過ぎだったのか。


2月26日(月)
 「千と千尋」メインスタッフと制作が会議室に集い、現在の危機的進行状況と、それを打破するための手段が宮崎監督から話される。いよいよ修羅が暴れ出そうとしている。

 その会議後、一同疲れ果てた顔で出てきたそのとき、久石譲氏から宮崎監督に貸し出された車が届く。早速高坂さんらと小金井一周の試乗。監督がかつて乗っていた車種なので「体が操作を覚えている」らしく、アクセルが容赦なく踏み込まれる。監督にはいい息抜きになったが、「そのまま交差点に突っ込むかと思った」という高坂さんは寿命を縮めたらしい。

 3スタのマックの設置が行われたが、諸々の事情で中途半端な状態になっている。とにかく今月中に、レタスが作動するように持っていかねばならない、と思ったら後3日しかないではないか。これだから2月は…。


2月27日(火)
 3スタのマックのセッティングを行う。スカジーを組み込むところまでは良かったのだが、スキャナーのドライバーは入れていないわ、設定を間違うわで、なかなか上手く作動しない。結局、制作・望月氏の力を借りて、なんとかレタスが正常に作動するようスキャナーをつなげた。


2月28日(水)
 午後、宮崎監督の姿が見えなくなったと思ったら、美術館の建築現場へ車を飛ばし、屋上に立つ○○○の設置作業を見てきたらしい。この○○○、実によく出来ている。その出来栄えに監督も大満足の様子。

 △△△レイアウト上がりがじわじわと出ている。コンスタントに上がっている○○さんからは「遅れてますよね。来週はカット数増やすようにがんばりますんで」と言われて頭が下がる。一方、□□さんも昨日と合わせて19カットのレイアウト上がり。まとめていた分が、一気に出ているようだ。

 △△△メインスタッフが中心となって、夕方から原画さんへの依頼をしまくる。

 T2からボード撮影について解答アリ。ようやくデジカメのセッティングの目処が立ち、今週中のイマジカからの返事をまって来週頭からでもボード撮影ができる予定。

 深夜「そろそろいいだろう」と突然宮崎監督が紙袋を広げ始める。中にはカレーパンとジャガイモ入りカレーパンがどっさり。「朝買った時には焼き立てだったパンです」とスタッフに振舞う。夜食用の買い置きだったとは。ありがたくいただく。