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週一回更新コラム「ゲド戦記の作り方」

2005年12月19日

ちょっと昔の中に、新しいものがある ─企画とは何か(2)─

 「温故知新(おんこちしん)」という言葉を、知っていますか?

 故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る。中国の思想家・孔子による「論語」からの言葉です。辞書を引くと、「昔のことを勉強して、そこから新しい考えを見つけること」とあります。

 今日は、映画の企画に「温故知新」は欠かせない、というお話です。


 「企画とは新鮮さだ!」と鈴木プロデューサーはよく言います。

 宮崎監督は最近、海外における取材で、こう答えています。「お客さんは、今までに観たことのないものを求めている。でも、お客さんの中の観たいものは、お客さんには解らない。だから、僕らが見つけるんだ」と。

 これ、一見「温故知新」という言葉と、矛盾するような気がしませんか? 今までに誰も観たことのない新鮮な映画を企画するには、古いモノを捨てて、新しい何かを見つけなければならないんじゃないの──と。でも、ジブリでは、新鮮な企画とは、昔のものに目を向けることによって見えてくる、と考えます。

 例えば、『となりのトトロ』は、昭和30年代の日本が舞台です。『おもひでぽろぽろ』は、昭和30年~40年代に小学生だった27才の女性の、現在と「おもひで」の物語。『火垂るの墓』や『もののけ姫』は言うに及ばず。最近では、宮崎監督と百瀬義行監督の作った、ハウス食品のCMも、ちょっと昔の日本が舞台でした。

 何故、ジブリ作品にはちょっと昔を舞台にした映画が多いのか。別に、ノスタルジーに浸っていたい訳ではありません。ヒントは、前回お話しした「時代の流れに逆らってみる」という視点にあります。現代は、あらゆるモノが凄まじいスピードで移り変わり、新しい価値観というものが生まれにくい時代です。
 先日、落語家の柳家小三治さんが高座で、こう仰っていました。「今日新しかったものが、明日には古くなっているかもしれないこの世の中、私たちは一体、何を信じれば良いのか」と。

 こんな時代に眉唾をつけてみるという事は、「このまま進化していって果たして良いのか」という疑問符につながります。先の事をあくせく考える事からよりも、ちょっと昔の日本や世界の中にこそ、これからの時代を生きるヒントがあるのではないか。だったら、お客さんに、映画を観ている間はちょっと後戻りをして貰って、これからどう生きてゆくべきか、一緒に考えよう。これが、ジブリの考え方です。

 イギリスの歴史家E.H.カーは、『歴史とは何か』でこう述べています。

 「歴史とは、現在と過去の対話である」


 では、「ゲド戦記」で僕らが考えている「温故知新」とは何か。

 詳しくはまだ、話せませんが、モノやお金に溢れた生活よりも、もっと豊かな生き方がかつてあったのではないか、という事を、僕らはやろうとしています。

 宮崎吾朗監督は、今時珍しい古典的な男で、朝早く起きてしっかり朝飯を食べ、自転車で出勤して、昼は手作り弁当、仕事に疲れるとスタジオ中を歩き回って身体を動かし、夜はどんなに遅くなっても家で食事をして早く寝る、という生活を貫いています。休日は薪割りをして、翌日手のひらに豆を作ってくる程ですから、筋金入りです。

 頭ばっかりになってしまった現代からちょっと昔に戻って、身体の方にも目を向けてみる。

 心と身体のバランスが、「ゲド戦記」のテーマのひとつです。

 第3回は、ジブリで企画を立てる際に要求される、「三つの約束」について書こうと思います。